今2026年8月で最後の更新が二年前の今頃ということですごく反省してる。むしろ罪悪感がある。
更新を新たに再開したいと思いながら、リハビリを兼ねて最近の心境の変化を色々と雑記的にまとめていこうと思う、歩けるようになりますように。
ブログを始めた理由

2020年後半はコロナブームの最中、働き者のぼくらも趣味の労働を奪われてたあげく、ヒマを突きつけられ、毎日ネトフリ見たり、YouTubeみたり、Steamの積みゲーを消化したり、キャンプに行ったり、DIYに打ち込んだりと、健康で文化的で絶望的な毎日を過ごしていた。
そんななかで木工がそこそこ本格化して楽しくなってきたので木工家になりたあいと思ってしまった。
そもそも僕は、絵が上手いタイプの小僧だったのでナチュラルに美大に行って、ホワイトカラー以外はクソだと洗脳されていたので、作り手ではなくデザイナーとして就職した。
でもやっぱ手を動かすの好きだし、インスタで同級生の木工家が作ってるのを見ながら、作り手として歩んでたらどんなだったろうなーとずっと考えていた。
で、やっぱ木工といえば職業訓練ってのが最初に浮かんだけど、なんか刑務作業みたいな制服と作業風景がイメージにあったので(ごめんなさい)他になんか無いかなと思った。
ドイツの学校

そこで見つけたのがドイツの職業訓練、Ausbildung(アウスビルドゥング)というやつ。
毎月600ユーロくらい(当時)もらいながら、週1、2日が学校で座学、残りが配属企業で現場研修といったデュアルシステムで学んで、3年後試験を受けてゲゼレという職人資格を得る。
そのまま配属企業に正規雇用されれば、その後最短二年で永住資格が得られ、マイスター資格にも挑戦できるといった感じ。
なにが魅力かっていうと、ドイツはEU加盟国なので、ゲゼレ、マイスターの資格はEU共通、永住権はすなわちEU圏全てフリーパス(多分)だということ。
海外留学も勤務経験もない僕は、一度くらい海外に住んでみたかったし、朝イチの石畳の町を石みたいなパンの入った袋を抱えて歩き、ベレー帽を被った労働者として疲れた顔で工場に向かう、という遊びをやってみたかった。
そのルートは国籍関係なく行けるため、日本人も調べると結構出てくる。
職業訓練に行く時点で人生の大転換だと思うけど、海外である時点でアドベンチャーポイントは10倍増だし、日本に帰るにしても面白いバックボーンになる。
ここに行くと決めた。
金も若さもない
僕がドイツで生まれ育った10代の小僧なら家から通えるところにそのまま行けばいいと思う。
でも僕はドイツ語が喋れないし、語学学校は必須、あと600ユーロで一人暮らしはできないので貯金も必須、さらに当時僕は36歳、なのに貯金は空っぽ、絶対崩せないNISA資産が百万あるか無いか。
おじさんは金があると思ってたのに。
でも運命感じてたから、色々考えて500万用意していくと決めた。

カレンダーを見るとこの日までに500万貯めることにしていたぽい。
すでに39歳になってるタイミング、日本の職業訓練なら全然アリな感じ、Ausbildungも年齢制限自体はないものの、受け入れ企業的に相当難しそうな感じだった。
入り込める可能性は低そう、でも本気を出せばなんとかなるだろう、奇跡的に潜り込めるだろう、と自分を洗脳することに無事成功。
金を稼ぐためにルーティン外の行動を起こすとか、語学を習得するとか、自発的にストレスに耐えるには強い動機づけが必要だと思う。
英語とドイツ語頑張る
僕は英語が苦手で、というか「昔からこうやからこれが正解やねん」みたいな構造に納得がいかない部分が多く、文脈を蔑ろにした記憶トレーニング感があってなんか嫌いだった。
背徳的な態度を取り続け、いかに低い点数を取るかにフォーカスし始め、高校時代後半にはわりと取り返しのつかないアイデンティティとしてこびりついてしまった。
でもドイツ語英語は勉強しなきゃってことで東京外大のページとかその辺の本とか、アプリとかで自発的に勉強するのはめっちゃ楽しかった。
まあブログとあまり関係ないのでこの辺にしとく。
まじめに金を稼ぐ
金があればなんとかなる。
年齢でドイツに行けなかったとしても、貯めた金は裏切らないはずだ。
今まではなにかやりたいことがあっても金が足りなくて「今から貯めても遅い」という賢さを発揮して貯めてこなかった。
でも、どうせ40になっても50になってもやりたいことが出てくる、ってこの歳では既に悟ってた。
考えて僕が行き着いたのは、リスクを冒さず積み上げ式にお金を増やすこと、ってことでなぜかブログに行き着いた、で、2週間後くらいにYouTubeにも行き着いた。
最初の一年は鳴かず飛ばずだけど、自分を洗脳しきってるので続けられた。それなりに結果は出た。
推移が見たい人は以下の記事を追ってほしい。
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できることはなんでもやるということで、もともとやってたcreemaでの販売も、財布の大きい事業者をターゲットに変えて、利益にフォーカスして頑張った。
家も6.5万のマンションから2.5万のシェアハウスに引っ越し、スマホは0円の楽天モバイルに変え、ストレスのない範囲で固定費の大きいところを削りまくった。
現金預金してても埒が開かないので、旧NISAはみ出した分は全部投資信託とETFにぶっ込んだ、コロナ景気や日本円ブレイクもあって、目標の金額は相当前倒しで貯まった。
理由の変化

金銭的な目標を達成した時、ほなドイツいこか、とはなれない理由がいくつかあった。
当時YouTubeもブログもこれからが稼ぎ時といった感じで、ぎゅんぎゅんに伸び続けていた。
ドイツに行けばこの芽の大半を摘み取ることになるし、なにより、必死こいて貯めたお金を全額ぶっ込むという発想に至れなかった。
お金がない時は金さえあればな〜って思ってるのに、頑張って貯めたとしてもやっぱり勿体無くて使えない。
Googleのコンテンツ係
すでにこれ以前に一番大事なものはブログとYouTubeを育てる事になっていて、この子達の成長を見守ることが最大の生きがいになっていた。
投稿すれば毎回なんらかの反応があり、利益も生まれる。
ノウハウやレビュー系は収益のために、公式情報には間違いがないようリサーチは抜かりなく、不要な中傷もなく、公平に、しかしなるべくおふざけを織り交ぜて。
制作系は儲からないが、レビューするだけでなく実際作ってます感を出すために、かっこよさげに、いい感じに。
褒めてもらえると嬉しい、承認欲求と自己皇帝感が高まり即位しそうになる。
記事を書くために調べて実践することでできることも増えていった。
動画における製造物は常に1点ものであって、製造現場とは違って量産や効率性は省くことができた。
同じものを作るのは辛い、新しいものを考える方が楽しい。
作ったものを手放さず、尚且つ収益を得続けられるなら最高じゃん、即位しよ、と思っていた。
家具屋ではない
木工家でも、作家でも、職人でもない。
木工関連の人に会う時「こいつYouTuberなんすよw」って紹介されるのが結構イヤ。
僕より10歳くらい下になるとかなり価値観が変わる実感はあるんだけど、僕自身はYouTuberに憧れて育った世代でもなければ、まっとうな職業という認識もない(ごめん)。
すごいYouTuberはマジで尊敬できるんだけど、少年期に見たバンドマンに抱くような、記憶に刻まれた憧れが存在していない。
創作を仕事にする人に触れるたび、「あーいいなあ」ってなってた。
だって最初その場所に行くのを目的に始めたんだし。
ブログとYouTubeは手段だった気がする。
状況の変化
木工をやるために高山市に行くことに決めた。
当時10年以上福岡市に住んでいたが、そもそも出身は大阪で、意図しないアクシデントで福岡に住んでいたのだから、そろそろ離れてもいいはずだ、独身だし。
職業訓練も高山で通うことに決めた、上松も有名だけどあまり知らなかった、僕の知ってる人、フォローする作家がほとんど高山の学校出身だったからだ。
ただ思い立った時期が2025年の3月なので、次年度の入学まで1年以上ロスることになる。
そんな時高山で良さげな工房が機械付きで売りに出されていて、ドイツのために貯めたお金で十分買えるし当面の生活費も工面できそうだった。
ロスタイムの間はここを整えつつ、なんか作りながらブログもやりながら現地に馴染んでいこう。
これは運命だと思った。何回目か忘れたけど。
さっそく内見の段取りとともに、高山のメーカーで働いてた友達に一緒に行ってくれるようにお願いした。
無事日取りも決まってワクワクドキドキしながら待っていた。
結婚した

行く直前に結婚することになった。
相手は福岡の土地と結びついてる個人事業者なので離れるのはムズイ。
タイミングを選ぶべきだったけど、結婚はタイミングだと思うので思うようにはいかない。
少なくとも職業訓練で一年くらい離れるのはアリかもと話して高山に旅立った。
工房は写真よりかなり老朽化していて、お目当ての機械はやっぱりもらえないことになった。
おいおい、これじゃそもそも買う意味があまりない、これも運命だと思った。
でも友達がアテンドしてくれたおかげでいろんな木工家の人と話すことができ、さらに奈良の方でも会合に参加させてもらっていろんな人と話せた。(はしゃぎすぎた)
アテンドしてくれた彼にはとても感謝している。
一旦学校にもいかない
木工家の人と話してると、みんな試行錯誤しながらやっていて、自分にも共感できるところが多々あった。
学校で何もかも身につけられるわけじゃないし、習ってないことは自分でやるしかない。
とあるメーカーの生産の長っぽい人が「これはネットとかYouTube見て頑張って習得した」って話を聞かせてくれたことを思い出した。
個人の木工家は図面つきの依頼もこなすが、そうでない時は作家であって、デザイン(と売り方)が一番大事になってくると思う。
職業訓練で基礎技術は身についても、それを専門的に教える場ではない(と思ってる)。
少なくとも設計してそれを思った通り造形できるなら、商売を始めてみるべきで、それで食っていけないなら学校へ行っても食っていけないと思った。
工房を手に入れろ
手に入れた。
いろんな人の工房を見せてもらった結果、個人制作者として最低限のスペースが確保でき、おっさんの趣味に成り下がっても腐らない、そう思える場所だ。
安い分とんでもない田舎なので、室内にアライグマやムカデやナメクジや雨漏りが住んでいる。
必要な機械は中古機械屋さん、ヤフオク、オフの店含め150万ほどで全部揃った。85万のデカめの車も買った。ローンは置いといて人生最大の買い物だった。
ドイツに行けなくとも必死こいて貯めたお金は、目的が変わろうとも裏切らないと思ってたけどその通りだった。
お金はいいやつだ。
ドイツ語の勉強はほぼ意味がなかったから、いいやつじゃないかもしれないが、英語は旅行で役に立つからいいやつだ。

目的の変化
まずドイツ行きの手段であったブログたちが目的に置き換わり、そうじゃないなと感じてきて、色々迷走期間を過ごした果てに、木工で食っていくことが一番の目的になった。
しっくりくる目的
この目的は未だかつてないほどしっくりくるので、これに打ち込んで死ぬべきと強く感じさせてくれる。
製作者として生きるのはどんな感じなんだろう、そうしていればどうなってたんだろうと20代で感じてたくせに40まで引っ張りこじらせてたのは、その仕事にも情熱や理想があったからなのでしょうがない。
専門にしてきたインテリアの石膏ボードの世界と、無垢材中心の木工の世界はだいぶん違うけど、20代や30代前半で学校に行っててもどうなったかはわからない(35くらいでいけばよかったとは思う)、というわけで今が最速の移籍なんだと思う。

専業する
つまり安定しまくってる上にフルリモートで自由すぎる今の仕事を辞めなきゃいけない。
自由というのは語弊があって、忙しい時、緊急対応、やっぱり本業がそちらなら最優先する必要がある。道理だもの。
社会人になって20年経ったけど、雇用の約束なしに会社を辞めるとすれば今回が初めてになる。
20代の後悔があるとすれば、無職経験が一度もなかったこと、ワイルドさが無い。ワーホリとかいけばよかった。
金を貯めてなかったってのが一番の原因だと思うけど。

ブログを続ける理由
独立しまあす、と叫んで屋号を掲げたとして、すくなくとも1年はまともに食える自信がない、下手すれば一生だけど。
新しい下地を作るのは時間もエネルギーも膨大にかかる。
既存の下地
既存のブログYouTubeは絶望的に放置してしまっているけど、ずっと罪悪感がある、もう朽ち初めてささくれが気になるけど、ビスが効くとしたらこの下地しかないわけで。
この下地を生かしていかないと、僕と妻を生かせなくなる。
なにせ工房を買って整えて、売り物を考え、量産の感覚を探る中で、新しい技法に取り組み、新しい機械の癖を知り、より有効なツールを探す中でネタが溢れんばかりに溜まっている。
最優先事項は前職の仕事から木工の仕事に切り替わるが、それが1つに絞られる時点でブログに振り向ける時間も生まれてくるはず。たぶん。知らんけど、間違いなく。
お気持ち表明
今、ブログを書き殴るのはなんて楽しんだと思ってる、とくにこういう無責任な雑記は本当に楽しい作文なので、なんか夜寝れなくなる。
今は特にサンドペーパーについて語りたいと思う、あと曲げとか、100V機械結構素晴らしいとか。
これ書いたおかげでワードプレスの触り方もなんか思い出したし、ショートカットは指が覚えてた。指無くさなくてよかった。
とりあえずこの記事で力尽きる可能性を限りなくゼロにするために、一旦ネトフリ見て酒飲んでダラダラしようと思う。