前回、外資系MRの待遇が素晴らしすぎたという話を書いたが、
そこに至る、転職活動まで振り返って話したい。
異業種未経験の転職は、外資を狙っていくのが最大の近道だと思われる。
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<前編>未経験から外資製薬MRに転職成功で給料が倍になった話(異業界転生もの)
製薬会社のMRは給料が良くて激務。そんなことはない、ジャパンの平均的な営業マンから見れば、MRは給料が良い上に楽な職種だと思う。特に外資。こ ...
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Contents
異業種未経験からMRを目指す場合の結論
異なる業界からの中途採用を行うのはCSO、または外資大手だと思われる。
僕は外資だったが、正直なところ幸運だったと思う。
1.CSOでコントラクトMRとなる
いわゆる派遣MR、僕が勤めていた職場にも大勢いたし、配属初期に拠点事業所でのOJTの指南役をしてくれた人も、コントラクトだったと記憶している。
〇〇から派遣されてる、と聞いたが、いつの間にか正社員になっているケースも多々ある。
基本的に、外部から見てコントラクトかどうかは一切わからない。
最近では特に業界の入口になると思われる。
異業種から製薬業界の門を叩いた人間を、訓練して、メーカー各社へと高額なサブスク契約を迫るイメージか。(言い方悪い)
給料水準は派遣先ではなく、派遣元に準ずる。
メーカー水準より低いということはないが、外資系大手の方が高いだろう。
2.外資系大手
アメリカ、ヨーロッパを中心に中心にした、聞き覚えのある外資系製薬会社。
コロナワクチンもこの辺から出てきた。
なんの前提知識もない、ズブの素人をしっかり鍛えて、資格を取らせ、現場に投下するにはそれなりの資金力がいるはずだ。
彼らにはそのマネーパワーが備わっている。
しかし、あなたが転職を検討した瞬間に、実際の転職市場に転がってる選択肢は数社しかないだろう。
僕が転職したのは2010年代初頭だったが、今は減少傾向にあるようだ。
MRを目指した理由と募集の条件
当然だが、広告費は不況の折に真っ先に切られる。
反対に、金がなくても最後まで維持されるのは医療費だろう。
死んだらおしまいやからね。
リーマンショック後も青い芝
僕は一度の転職を経て数百人規模の会社から、数人規模の会社に転職していた。
業務は主にメーカーを相手にしたコマーシャルスペースのなんやかんやだったが、リーマンショックをもろに受けて、業界はポストアポカリプスの世界感だった
(ちなみにこの業界は、今回のコロナショックでも大打撃を受けている)
あらゆるプロジェクトが軒並み消滅するか、予算が1/10になったりした。
そんな中、学会でアホみたいに金をバラマキ続ける製薬会社の存在が気になった。
実際不況前から気になってはいたが。
MRを知る、年収を知る
「MR 年収」と調べてみれば、イメージ通りの世界が広がっていた。
調べれば調べるほど、転職の意思は決意に変わっていき、前回の転職から半年程度しか立っていなかったが、業界そのものに嫌気がさしていた僕は、登録していたリクナビNEXTですぐに異業種転生活動を始めた。
転職の条件は大卒と営業経験
今もこの点は変わっていない。
大卒
この足切りは、なかなかに理不尽なものとも言える。
「とりあえず大学出ておけ」という言葉は、日本では(多くの国でも)現役なのだと、この時実感した。
営業経験
僕は営業という職種についたことはなく、1社目はデザイナー専業。2社目ではデザイナーもやるが、ディレクター経験も積ませてもらう、という条件で入社していた。
ちなみにディレクター経験を積みたいというのは、コミュ障克服が目的だった。
ディレクターというのは、社内外ブレーンとやりとりして、プロジェクトを推進するのが主だが、クライアント窓口ともなるので、営業的側面も強かった。
半年程度のキャリアなど無いに等しく、正直なところ、僕は「外出多めなデザイナー」でしかなかった。
だからコミュ障のままだった。
しかしながら、相方向のコミュニケーションが少なく、一対多数で一方的に喋るプレゼンにはそこそこ自信があった。
営業経験はうまいこと言い回して、それなりにある感じに表現した。
もちろん経験3年以上(絶対)とか書いてる求人は避けた。
応募と足切り。外資系は守備範囲が広い
オンコロジー領域で、分子標的薬を担当するMRが収めるべき学問は?
薬学?
俺が修めたのは芸術学や!
リクナビネクストとマイナビでジャブを撃つ(4社)
国内製薬2社、外資2社にエントリーした。
僕は転職そのものが趣味的に好きだったので、リクナビネクストとマイナビは引越し先を探すみたいな気持ちで登録していた。
転職サイトは片っぱしから登録すべし。

国内2社は名前も忘れたが大手と中堅
エントリーシートを送ったはずだがなんの反応もない、
おかしい、こんなことは許されない。
ねえ私を見て(見て)。
志望動機もキャリアも練りに練った。
僕はこの辺を使い回すことはせずに、オーダーメイドで一社一社考えるタイプだった。
この時点で、内資製薬は学歴による足切りがあって、エントリーシートすら読まない、クソ野郎であるという仮説がたった。(おこ)
外資系2社だけが答えてくれた
なんと2社とも連絡が来た。
面接をしてもらえるとのことで足を運んだが、最初会ったのは両社とも採用業務をアウトソースされたエージェントだった。
当時MR職は結構人気で、エージェントは壮大な足切りを任されていたようだ。
1社は普通に面接。もう1社は、面接の対策をするための面接という感じで、企業情報についていろいろ教えてくれて、資料もたくさんもらえた。
このころ、転職する以外の未来は考えられない状態になっていたが、初めて可能性の糸が繋がって、大いにテンションが上がった記憶がある。
実際はどこも書類でかなりの足切りをしていた
これは後からわかったことだが、書類でも相当数足は切られていたようだ。
外資の2社は、精魂込めた僕のエントリーシートを熟読してくれたに違いない、そして幸運の女神の後押しもあったはずだ。
打って変わって、国内資2社の担当者は、僕が夜を徹して考えた文章には目もくれず、
鼻くそでもほじりながら、大学名だけ一瞥し、鼻で笑ったあと、シュレッダーに投げ込んだに違いない。(げきおこ)
面接、採用、研修、配属までの流れ
全てとは限らないが、多くの場合、交通費付き本社召喚の最終面接はBIG確定演出だ。
入社するならそのツラ拝ませろ。みたいな感じ♪
最初の面接が終わった時点で、手札は1社に絞られていた。
この手札を無くしていたとしたら、もう一度チャレンジする気になれていたかはわからない。
(フェイク)ドキュメンタリー作家として面接に挑め
営業の中途採用ならば、「どのような戦略を持って、どのような手段を駆使して、どれほどのナンパに成功してきたのか」を語らなければいならない。
しかし、僕の場合、事実上営業経験がないに等しかった。
嘘をついたわけではないが、数年の社会経験で出会った凄い人々からの学び、わずかながら自分が関わった大きめの仕事、そのAtoZを、数字を交えながら、かつ虚偽の無いように、伸縮させながら組み合わせ、見栄えが良く、筋の通ったドキュメンタリーを作った感じ。
もう少しシンプルにいうと、
各種案件のプレゼンの経験を、長期スパンで積み上げていき、最後に受注に結びつける、壮大な営業活動のように話したと思う。
よくわかんねえなあ、ごめんね。
あれよあれよと内定
あっという間に、本社、内定。
オファーレターをウキウキで実家にFAXした後、ウキウキで退職を伝えた。
沖縄でしばらくバカンスしたのち、人生初の東京での生活が始まった。
寮
寮は見た目普通のマンションで、風呂トイレは別。一階に食堂があること以外は、ただのワンルームマンションだ。
研修中に彼女ができていたら、泊めることもできただろう。
平日は毎日朝夜、オーナー夫婦がご飯を作ってくれる。
これがまたうまい上に、ビールの自販機も完備されていて、最高でしかなかった。
都心部には、大企業の研修需要に対応して、このような寮タイプのマンションが多くあるようだ。
同じ釜の飯
自分の時は10人弱。男女混合で25〜33才くらいまでいた。
MRだったら顔面の偏差値も高め。なんてことはなかった。出逢いに期待するな。
環境的に、同期は年齢関係なくタメ口で、同じ釜の飯を食った盟友となった。
まだ明るいうちに、本社ビルから吐き出され、パチンコ屋に吸い込まれる。
土日はショッピングやイベントに繰り出し、夜は飲み食い、そしていかがわしい店に誘われる。
明るい未来も約束され、シンプルに幸せな日々だった。
研修
研修は大体の場合、3ヶ月。(新卒は半年)
前半がMR試験の内容で、後半は扱う薬剤の勉強だ。
科目
全部で3科目
- 医薬品情報(薬理学・薬剤学・添付文書)
- 疾病と治療
- MR総論(医薬品概論・PMS)
それなりの厚みの教科書が配布される。
僕の時は6科目だったが、内容が減ったわけではない。
薬剤師免許があれば、1と2は免除される。
なお、入社前にわざわざこのテキストを手に入れて勉強しようとする人は、ただの情弱なので淘汰されないようにしよう。
授業
多くの場合、自社内でMR経験のある、教育専門部署の人が先生となって授業をしてくれるはず。
人手が足りないと外注の場合もあるようだ。
大概の場合、和気あいあいとした楽しい授業が繰り広げられる。
生物化学が好きな人は結構楽しい。
定期的に確認テストがある。
みんなそれなりに本気で挑んでるはずだ。真面目にやってれば、ほぼ満点でいけるはず。
MR資格試験
試験の時期は決まっているので、研修と時間差があったりする。
僕の場合、配属後にMR試験対策合宿みたいなのに投げ込まれた。
これは外部機関が実施しているもので、他社のMRたちと仲良くなれる。
そこで、知る事実。
マイナーな、中小内資では、まともにMR試験に向けた研修が行われていないのだ。
MR合格率は70%以上と言われるが、彼らの合格率は50%以下の水準にあるようだ。
何年もかけてとるのだという。
まじかよ。
逆に、手厚すぎる研修を受けた大手各社は95%以上だという。我らの同期では100%だった。
それで平均70%代に落ち着くわけね。
研修に感謝。
配属先の発表
この一大イベントは、研修の日々で最も心を揺さぶってくるはずだ。
時期は研修の中盤以降。
結果、最年少の僕ともう一人が、南と北の果てに配属された。
和気あいあいムードの中、パワポで順番に発表されていき(パーティーか)
東京、大阪、横浜、名古屋、、、発表とともに安堵の声。
しかし、途中から本州を外れ、桃鉄をやってなかったら知らないような地名が聞こえ始める。
(サイコロぴったりやないと止まられへん駅やん)
情緒不安定になって、カタコトになる人間がちらほら。
僕はいろんなところに行きたかったし、見知らぬ土地へ配属されることを楽しみにしていた。
そんな僕ですら、あまり行きたくないなと思える土地が、日本には多いと知った。
関東を切望しながらも、北の大地(の更に僻地)へ配属となった同期は、謎の躁状態になっていたことを覚えている。
製品の研修
試験勉強も大事だが、一番大切なのは製品知識だ。
僕は所謂、オンコロジー(抗がん剤)領域の担当だった、優秀だったからというわけではない。募集段階からそうなっていた。
随時アウトプットのプレゼンテーションが入るが、基本授業の流れは変わらない。
まとめ
- コントラクトMRを目指すのが近道
- 少なくともリクナビとマイナビの転職エージェントは登録しよう
- 最高の物語を面接で語れ
- 研修の生活はほんと楽しい。
次は配属後から退職までの話。
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<後編>未経験から外資製薬MRに転職成功した者の末路
悲惨な末路を辿ったわけではない。 少しだけ世界を知り、自分を知り、ブログネタを数話分、手に入れたのだ。 ↓前話 Contents1 末路2 ...
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